大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1275号 判決 1981年4月08日
控訴人 野村良博
控訴人 野村セツコ
右訴訟代理人弁護士 鶴田啓三
被控訴人 大阪市
右代表者市長 大島靖
右訴訟代理人弁護士 千保一広
江里口龍輔
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは「原判決中被控訴人に関する部分を取消す。被控訴人は各控訴人に対し金九八二万一九三七円及び内金九三二万一九三七円に対する昭和五二年九月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出・援用・認否は左に記載するほか原判決事実摘示(但し請求原因の6項を除き、「グランド」をすべて「グラウンド」と改める。)のとおりである。
(控訴人の主張)
一、本件仮設グラウンド(以下本件グラウンドという)の管理の瑕疵
1 本校の児童は、放課後や夏休み中、毎日のように本件グラウンドにおいて野球等をしていた。これは学校が、児童の遊び場がないこともあって、黙認していたからである。また、本件グラウンドの金網は破られ、トタンの波板は破られていたから、児童や部外者は自由に出入りできたのであり、その状況は長く続いていた。
2 本件グラウンドは、その設置目的、利用形態からみて校庭と同視すべきものであり、現実に前記のように児童が利用し、学校はこれを黙認していたのだから、その管理担当者は、学校関係者以外の者が立ち入り危険な行為や遊びをして児童の生命身体に危険がないよう、充分に管理・監督すべき義務がある。
二、国家賠償法一条の責任
右管理義務が国賠法二条一項の義務に含まれないとしても、これを怠った本校教職員らには同法一条の過失がある。
1 学校教職員は児童に対し事故防止安全対策義務を負担し、それは学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係に及ぶ。
既に二学期に入った九月二日に、本校の管理下にある校庭と同視すべき仮設グラウンドにおいて発生した本件事故は、右義務が及ぶところの生活関係内における事故である。
2 本件グラウンドは、放課後や休日には児童や部外者が無断で立ち入るおそれが充分にあり、学校側の監視・監督なしにこれを認めれば、危険物の放置とか、危険な遊びや行為によって、児童の生命・身体の安全がおびやかされるおそれがあった。
3 従って、本件グラウンドに対する右安全確保義務からする管理義務の具体的内容は、
(イ) 児童に放課後、休日等の無断立入をしてはならないことをたえず注意し、
(ロ) 部外者に対し、無許可立入禁止を立札等で明示し、
(ハ) これらを防止するためフェンスや塀を設け、出入口に施錠し、
(ニ) 無断立入やフェンス・錠の破壊がないかを調べるため可能な限り見回り、検査し、
(ホ) 無断立入者は直ちに退出させ、フェンス・錠の破壊は直ちに修繕する
ことである。
4 しかるに本件事故当時、出入口の錠は壊れ、フェンスも破れたままであったため、範之ら児童及び乙山らが立ち入り、学校職員の監視・監督のないまま危険な球技が行われた結果、本件事故が発生したのであって、本校教職員らにおいて右管理義務を尽していれば本件事故の発生は、防止し得た。右管理行為は二学期の始まる九月一日には万全を尽されてなければならず、同月二学期の始業式が本件グラウンドで行なわれ、右錠やフェンスの破損状態は教職員の知るところとなったのであるから、具体的な管理行為義務が発生していた。
5 以上、本件事故は、本校教職員らがその負担する児童の事故防止、安全対策義務に基づく本件グラウンドの管理義務を怠った結果生じた。
三、よって、控訴人らは被控訴人に対し国賠法二条一項又は一条に基づき請求原因5記載の損害内金九八二万一九三七円とその内金九三二万一九三七円に対する不法行為の後である昭和五二年九月五日から支払ずみまで年五分の法定遅延損害金の支払を求める。
(被控訴人の主張)
一、本件グラウンドの管理に瑕疵のないことについては、原審判決の認定及び判断するとおりであって、控訴人の主張は理由がない。
二、国賠法一条の責任について。
1 本件事故は、範之が下校し帰宅して昼食後、遊びに出て遭遇したもので、本校とは無関係の乙山ら第三者間の投球行為によるもので、範之は、学校側の再三に亘る無断立入禁止の指導を無視し、乙山らも出入口等にある立札により立入禁止を熟知しながら侵入していた。
2 学校側は、本件グラウンドの周囲をフェンスや波板トタンで囲い、出入口は施錠し、その鍵も充分な管理下におき、出入口等に立入禁止の立札を立て、児童には再三に亘り無断立入禁止を指導し、施錠、フェンスの破損については再三の修理補修を行っていた。本件グラウンドの設置利用目的たる校舎完成までの体育授業での安全な使用について、充分耐える管理がなされていたのであって、設備構造上何ら危険性のない本件グラウンドの管理義務として、この間隙を縫ってなされる心ない市民の施錠破損について、常時監督して施錠を確保する必要はなく、上記の管理行為をもって、その管理義務は充分尽されている。
3 以上、本件事故は、本校の学校教育活動及びこれと密接不離の関係にある事情下で発生したものではなく、また本件グラウンドの管理にもなんらの義務違反なく、被控訴人に国賠法一条に基づく責任はない。
理由
一、本件事故態様の事実認定及び本件事故の直接の原因は乙山・甲野らの過失にあって、本件グラウンドの面積と本件事故発生との間には因果関係がなく、同グラウンドの存在自体に固有の危険が存するものとはいえず、本件事故の発生が同グラウンドあるいはこれに付属せしめられた営造物に固有の危険に基因すると認め得ないことについての当裁判所の認定及び判断は、原判決理由一項と四項の始めから二五行目までと同一であるからこれを引用する(但し「グランド」をすべて「グラウンド」と改める)。
右認定事実及び後記認定の管理義務の懈怠のない事実によれば、本件事故は、本件グラウンドが、小学校の朝礼及び体育授業用仮グラウンドとしての通常有すべき安全性を欠いたこと(国賠法二条一項所定の営造物の設置又は管理の瑕疵があったこと)によって生じたものと認め得ない。
二、控訴人らは、学校(波除小学校。以下同じ)では児童による本件グラウンドの防課後の使用を黙認していたから、本件グラウンドの営造物管理義務として、また学校教職員の児童に対する事故防止安全対策義務として、学校関係者以外の者が立ち入り危険な行為をしないよう監視・監督すべき義務があり、本件事故は、右義務の懈怠によって生じた、と主張するので判断する。
1 前認定(原判決理由一(1))の左記(一)の事実のほか、《証拠省略》により、左記(二)ないし(五)の事実を認め得る。
(一) 本件グラウンドは、大阪市の市営住宅建設用地であるが、学校の校舎建設工事に伴い必要となった体育授業用仮グラウンドで、朝礼及び体育授業のほか、学校において特に許可する場合に限り利用に供していたものであり、昭和五一年一一月の使用開始時から高さ一・八五米の金網のフェンスと高さ約二米のトタン波板で囲み、同年一二月にはフェンスを新しく付け替え、西側フェンス中央部に錠付外両開扉を設置した。
(二) 本件グラウンドは学校から約三〇〇米の距離に位置するが、学校では平素から右目的外の本件グラウンドの使用及び部外者の立入を禁止し、児童に対しては、教諭に引率されるとき以外は無断で立ち入ってはならないことを繰り返えし注意し、部外者に対しては出入口附近と南北二個所に「本校の体育指導の運動場につき関係者以外の使用を禁ずる」旨の立札を立ててこれを了知させていた。
(三) しかし、右フェンスを破られたり、錠が壊されることが多く、その都度応急修理をし、また教諭とPTAが共同でする月一回の校外補導の見廻りコースに入れ、体育主任や監護当番等が随時見廻って、見付け次第無断立入者を排除していた。
(四) 本件事故前の夏休みの前にも金網フェンスを張り替え、出入口の錠を新しいものと取り替え、八月一、二日頃PTAのバレーの練習に使わせたのち錠を掛けておいたが、その後間もなく何者かによって錠が破壊されたため、以後夏休み中、乙山らのグループや児童らが立ち入って球技をしていた。
(五) しかし、夏休み中は前記見廻りが十分でなかったため、右錠の破損も本件事故発生まで学校側の知るところとならず、本件事故当日は範之らは前記(二)の指導に反して、放課後帰宅したのち出掛けて行って、右施錠のない両開扉を押し開けて立ち入り、また乙山・甲野らも前記制札を無視して許可なく同様の手段で立ち入って、その両者間に本件事故が発生した。
控訴人らは、九月一日に始業式が本件グラウンドでなされたから、錠の破損事実を学校側が知り得た筈であると主張するが、《証拠省略》によると、始業式は本校舎の教室で校内放送によりなし、一日及び二日の午前中は本件グラウンドは使用していないことを認め得るから、右控訴人らの主張は採用し得ない。
2 右認定の事実によれば、学校側が児童らに対して、放課後の本件グラウンドの使用を黙認していた事実は認め得ない。たしかに本件事故当時、錠の破損されている状態に気付かなかったため、これを放置する結果となったものではあるけれども、そのことから前認定の常日頃児童らに注意して来た立入の禁止を解除し若しくはこれを黙認して児童らの自由な使用に供したものとは認め得ない。
児童及び部外者が立入禁止の指導及び掲示に反して立ち入ることを絶対に防止するには、常時見張りを立てるか、錠やフェンス等の点検を連日する必要がある。しかし、本件の小学校仮設グラウンドのような、それ自体一般的危険性を有しない営造物の場合、立入禁止の指導に反して立ち入った児童が、立入禁止の制札を無視して立ち入った部外者の野球の硬球の暴投による事故に遭遇する事態までも予測して常時見張りや錠、フェンス等の点検をすべき義務は、営造物管理義務としても、教職員の児童に対する安全保護義務としても、あまりにも酷な義務であり、認め得ない。
よって、右義務の存在を前提に国賠法の適用を求める控訴人らの主張は理由がない。
三、以上の次第で、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は理由がないのでこれを棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がない。よって民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小西勝 裁判官 潮久郎 大須賀欣一)